NOVEL 1

【関西風交渉術 /市日】
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「今日は僕の誕生日なんですわ」
虚夜宮の真っ白い壁に囲まれた無機的な部屋の一室で、硬くて冷たい石作りの椅子に腰掛け、漠然と局部に痛みを感じて嫌な予感に慄いていた藍染に、市丸がそう切り出した。
「………ああ。知っているよ」
元副官なのだから当然それくらいは知っている。
自慢じゃないが知識量には自信がある。
ただ何かしてやろうと思わないだけだ。
しかし己の元副官は上司のその冷徹さをものともしない図々しい神経の持ち主だった。
「ほんならプレゼント下さい」
「………いい歳をして、まだそんなものが欲しいのかい?」
呆れて藍染は言うと。
「こんな僕の晴れの日に誰もお祝いしてくれへんのは藍染はんに付いてきたからや。責任取ってお祝いしてくれなあきまへんやろ」
「相変わらず横暴だな、ギン。で、何が欲しいんだい?」
陰鬱な気分真っ最中で祝ってやる気など微塵も湧きはしなかったが、話だけは聞いてやることにする。
「僕に鏡花水月かけて下さい」
「…………」
それはつまり、自分の希望通りの幻覚を見せろということだろうか。
市丸らしくない望みに藍染は首を傾げた。
何より楽しみは自分の手で、というある意味イヤな嗜好の持ち主だと思っていたのだが。
「…どんな幻が見たいんだい?」
らしくない市丸の願いについ興味を覚えてそう聞いたことを、しかし藍染はその数秒後に後悔することになった。

「恋人の日番谷はんと誕生日にデートして、お祝いにちゅーして貰うのがええです」
「…………」
え―――…?
予想外な願いに藍染は言葉をなくす。
が、腐っても天に立つ男。すぐに気を取り直して初歩的なことを突っ込んだ。
「恋人の日番谷くんて、君、日番谷くんとは全く関係なかっただろう?」
あえていうなら元同僚、現在は敵同士だ。
しかしそんな当たり前のことを市丸は完全に無視して言った。
「だから鏡花水月で、てお願いしとるんや」
何を開き直っているのか。
「…いや、しかし敵とデートなんてそんな願望はどうかと思うのだけどね?」
困惑しながらそうやんわりと拒絶の言葉を口にすると。
「日番谷はんと仲良うしたらアカンいうんなら、嫌がる日番谷はんを無理矢理手篭めにするんでもええですよ」
急に願望の方向が転換する。
しかも犯罪方法に。
「……それもちょっと……」
少し引き気味にそう答えると今度は怒ったように市丸が言った。
「なんでダメですの?男の子相手いうのんがあかんのですか?」
いや、そういう問題じゃないんだけど。
藍染の内心の突っ込みなどお構いなく市丸は続ける。
「ほならそうやね。折角の完全催眠なんやからいっそ日番谷はんは女の子設定なんてどうやろ。……そうや!それええわ!」
良くないよ。
というかなんだね、その腐女子の願望みたいな設定は。
藍染が思っても市丸の暴走は止まらない。
「女の子の日番谷はんかぁ。きっと胸はまだ平たいまんまで、……あ、そや。日番谷はんはス○マンがええです。開発し甲斐があるっちゅーか、男のロマンちゅーか――――――」
「いやいやいやいや!そんな日番谷くんダメだから!第一そういうのはここのサイトじゃ禁止だよ!!」(…多分。)
後半腐女子レベルから急に男性向けアダルト方向に転換した願望を自分自身わけの分からないことを口走りながら遮る。
それに市丸はもの凄く不本意そうな表情をすると。
「――――ほなら普通の日番谷はんと誕生日デートでええわ」
「………………ああ。それがいいと思うよ、ギン」
とりあえずマトモな願望に戻ったところで、―――でも根本的な間違いは矯正されていなかったが―――これ以上はどうしようもなさそうな市丸に妥協する。
「そしたら場所は遊園地とかがええですわー。観覧車でちゅーとかええですやんv」
「………」
こんなことの為になに霊力使ってるんだと自分に突っ込みながら、藍染は斬魄刀を抜く。
そうしてまんまと市丸に乗せられたことに気がついたのだが、後の祭りだった。



終れ。

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