NOVEL 2

Forest of grief /藍日
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先ほどまで剣を合わせていた敵が、主と信じた男の手によってその身を貫かれ落ちていく。
その姿は今も心を蝕む嫌な記憶を刺激したが、冷静さを失っては勝機を見出せないことを日番谷は十分理解していたので、まるで見せ付けるかのような藍染の裏切りを重ねる行為にも、一瞬熱くなった頬を冷ますよう自戒する。
だが次の瞬間、そんな努力が全く必要ないほどに、頭が冷えた。

敵の女に続いて、知己でもなんでもない、その正体すら分からないが共闘することになった少女が落下していった。
薄く小さな身体を―――彼女と大して変わらない体躯の自分がいうのもなんだが―――無残にも二つに裂かれた彼女は、もう助からないだろう。

それは本当にあっという間のことで、この場では一瞬の気の緩みも命取りだという証だった。
現に自分も動けない。
氷輪丸で彼女を一時的にでも仮死状態にして延命することは出来るかもしれないが、藍染を前にその隙をついて側に駈け寄ることなど出来そうになかったし、また護廷の隊長としてその選択肢は選べなかった。
すでに此処は死闘の場所で、多少の延命など意味がないのだ。

しかしこの緊迫した空気の中、たったひとり、無謀にも飛び出した男がいた。
先ほど仲間に藍染に注意するよう喚起した、「平子隊長」と呼ばれたおかっぱの男だ。
この場でむやみに動くことの危険を十分知っている筈の男が、だが居ても立ってもいられず少女に走り寄ると、その身体を空中で抱きとめる。

「ひより!!!」

男が叫ぶ。
何度も、何度も、少女の名を。
終始冷静だった男がまるで別人のように取り乱す姿に、彼女が男にとって特別な存在であったことが伺えた。

ひどく醒めた頭でそんなことを考えながら、日番谷は相対する目の前の男を見た。
藍染は自ら演出した悲劇に対しても興味を覚えるでもなく、相変わらず笑みの形の無表情だった。

男の叫びが空気を震わせている。
かつて「隊長」であったものがするには無様で滑稽な姿なのかもしれない。
だがアレが雛森なら自分も同じだろうから、馬鹿にするつもりはなかった。
――――むしろ。

羨ましい、と日番谷は思う。

男に対してではない。
それは、今まさに、命尽きようとしている少女に対してだった。


日番谷が目の前で引き裂かれたとしても、自分の愛した男はきっと狼狽えもしないだろう。
それどころか自らが手に掛けたのだとしても、今まさに目にしている笑みの形のまま、眉一筋動かさないかもしれない。


死神である以上いつ死ぬかなんて分からないし、そして残酷な死もまた周りに溢れていた。
だから日番谷は別に、自分の死を誰かに嘆かれたいと思ったことなどなかった。

だが恋人だった男が己の死を省みてもくれないというのは、いくら短い人生とはいえ味気なさすぎる。


日番谷は藍染の動きに注意を払ったまま、大きな青翠色の瞳を眇めた。

此処は死に満ちている。
もし今、自分が少女のような死を遂げても、あのおかっぱの男のように誰も受け止めてくれないだろうし、嘆いてもくれないだろう。
嘆いても傷は塞がらないし、藍染にも勝てない。
それを承知している同僚達は世界を守ることを優先するだろう。―――――それが護廷の隊長としての使命なのだから。


だから死が不本意ならば、生きて、勝つしかない。

――――この男に。





日番谷は身体に纏う霊圧硬度を上げた。
そして神経を研ぎ澄まし一瞬の隙も見逃さぬように、―――――藍染の言葉遊びに籠絡されないように、心も厚い氷の壁で覆う。
怒りも希望も凍てつかせて、ただ護るために闘えるように。





あの日、自分を仕損じたことを嘆くがいい。


せめてソレくらいは、お前からもぎ取って逝きたい―――――。




END
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