NOVEL 2

怨嗟の叫びは愛の囀り /藍日・R16
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彼のために設えた一室に足を踏み入れると、少年は藍染が明け方この部屋を出たときと同じような格好で、豪奢なベッドに身を横たえていた。
自由に動けない少年のために王自ら始末し着せた長襦袢姿のまま、上に何かを羽織るでもなく、それどころかあれから動いた様子もなかった。

最も、少年が自由に動きまわることなど出来る筈もなかったが。

藍染は、横になったまま世界の主が部屋に現れても全く反応を返さない少年の側に寄ると、その脇に腰を下ろした。

「やはり少し不便かい?日番谷君」

いいながら少年を見下ろす。
日番谷は寝てはいなかったが、男の方を見ることもなかった。

その頑なな反応に薄く笑う。

「いい子にできるなら、直してあげるけど」

そう声を掛けた少年は、左の肩から下がなかった。
そして左の膝から下も。
襦袢の、その部分だけがあるべき部位がないために撓み、沈んでいた。

人の身体というものは不思議なもので、片側がないというだけでバランスを崩し、立って歩くことすらままならない。
それが足と腕の両方となれば、壁に縋っても立っていられないのだ。

失われた腕と足を元に戻すことなど、鬼道を究めた藍染には容易いことだった。
それでもし往生際の悪い彼が此処から逃げ出したとしてもさして問題もない。
逃げ込む場所など、もうどこにも有りはしないのだ。
そうして仕置きにまた?げばいい。

しかし彼は逃げはしないだろう。
藍染は思った。


「――――でも日番谷君。君は左腕など必要ないだろう。
 どうせあっても、私に縋ることもないのだしね」

強情な彼は小さく華奢な身体をどんなに激しく責め立てても、残った右手で爪を立てることはあっても藍染に縋ることはなかった。
一時の快楽に翻弄はされても、熱が冷めればその翡翠の瞳はすぐに凍えた色に戻る。
その斬魂刀の性そのままに。


「ただの穴代わりならいっそ達磨ににでもしたらどうだ?」

ふいに日番谷が言った。
自分のことだとは思えないほど淡々とした冷めた口調に、藍染は苦笑する。

「…自分をそんな風に思ってたのかい?
 この期に及んで私の気持ちを信じてくれないなんて、寂しいね」

日番谷は、ここまでされてもまだ藍染の気持ちを理解していなかった。
『愛している』と何度も言った。
だがこの少年にとって『愛』とはもっと暖かく、―――それこそ少年が彼の幼馴染に寄せたような感情なのだろう。藍染の言葉を信じることはない。
理解することもないだろう。

しかしそんなことは藍染にとって問題ではなかった。
藍染自身も、これが『愛』だという確信はないのだ。
ただ、彼をどんなに苦しめ傷つけることが出来ても、失うことは出来なかった。
手足を殺ぎ落とし心を苛むことに罪悪感は感じないが、その魂が消えてしまうことはどうしても耐え難かったのだ。
この衝動は決して『憎悪』などではなく、だとしたらこの執着は『愛』と呼ぶしかない。

藍染のこの『愛』を、日番谷が受け入れることがないことを、藍染は十分理解していた。
分からないものを受け入れようもない。
しかし、それで藍染は構わなかったし、それでもいいと思えるほど彼を『愛している』のだと、最近考えるようになったのだった。


少年の、残された右手を取って、藍染は言った。


「そんなことを言うものではないよ、日番谷君」

取った手は藍染の掌の上に乗せると本当に小さい。
その乗せた小さな手指を藍染の太い大人の指で撫でてゆく。
そうして。

「―――――だって、右手はまだ君にとって必要だろう?」

途端に冷めた翡翠色の瞳に激しい憎悪の炎が灯るのに、藍染はほくそ笑んだ。

少年の、刀を握ることによって硬くなっていた皮膚はすでに少し柔らかくなっていたが、その感触を忘れてはいないだろう。



「……いつか必ず殺してやる」


日番谷の血を吐くような声に満足気な笑みを浮かべると、藍染はその腕をベッドに縫いとめ彼に口付けた。
懲りずに拒む少年の口を強引に犯し、口内を荒らす。
すると。

「……っ!」

舌を強く咬まれて口の中に血の味が広がった。
自分の舌を咬んだ少年の顔を見下ろせば、憎しみと嫌悪に彩られた翡翠色と目が合って、藍染は哂った。

「残念ながらもっと根元の方を思い切り噛み切らないと、ダメだよ」

それくらい深いキスをしてもいいのかな。

そういうと、日番谷は歯噛みした。

「ふざけるなっ!…死ねっ!!」


怒りに煌くその瞳を愛しいと思う。
日番谷が己に向ける、その憎悪こそが愛の代わりのように思えた。
口内に広がる血の味が彼の己に向ける想いの証のようで、甘い。



「もっと、叫んでごらん」

いいながら拒む肢体を無理矢理開いてゆく。







悲鳴と悪罵に 満たされる。




何故なら憎しみは愛と表裏一体なのだから。




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